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高松高等裁判所 昭和58年(ネ)44号 判決 1983年9月20日

控訴人

野島敬介

被控訴人

寺田幸樹

右訴訟代理人

田本捷太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示及び当審記録中の書証目録・証人等目録記載のとおりであるから、それらを引用する。

(控訴人)

一  控訴人が被控訴人に対し、日照阻害による慰謝料の支払を命じられるいわれはない。

1 控訴人が昭和五六年須崎市栄町九三番地に鉄骨造陸屋権三階建居宅一棟(以下、控訴人家屋という。)を建築し、同年一二月二八日完成させたことによつて、右土地の北側隣地上の被控訴人家屋の日照を阻害したことはない。現に、被控訴人は、控訴人に対し、昭和五〇年三月三一日の本訴提起に至るまで、日照阻害に関しただの一度も苦情を言つたことがなかつた。

2 控訴人家屋は、建築基準法等の行政法規に違反していない。ちなみに、右家屋のある須崎市は、右家屋完成後施行された建築基準法五六条の二第一項の中高層建築物の日影規制に関する高知県条例の適用区域となつていないが、たとえ同条例の適用があるとしても、右家屋は、同条例になんら違反していない。

3 被控訴人は、本訴提起後の昭和五〇年四月一二日、被控訴人家屋を東へ約五メートル、南へ約二メートル曳行移転し、控訴人家屋に接近させ、その移転後の被控訴人家屋に対する控訴人家屋による日影図を本訴において甲第一号証として提出している。訴提起後、既存建物に接近させ移動させた家屋のことについて、慰藉料を支払わねばならぬ理由はない。

4 なお、控訴人家屋の建築工事着工前の設計段階で、工事請負人が被控訴人方を含む北側の近隣各戸を訪ね、日照阻害のないことを説明し、その確認を得たうえ、工事中の騒音等の迷惑をわびて粗品を呈し、あいさつをすましている。

二  消滅時効の起算点

日照阻害は、騒音公害などと比べ、被害の状況に変動の可能性が少ないから、加害建物の完成時点において将来の被害の発生の状況・程度を把握することができる。加害建物が完成して数年を経て被害の有無をみたうえでないと、損害の訴えを起こすことができないものではない。したがつて、民法七二四条前段の消滅時効は、控訴人家屋が完成した昭和四六年一二月二八日から進行し、三年の間に被控訴人が右完成時点で予見できるいつさいの損害につき、賠償請求の訴え提起等の権利の行使をしないと、消滅時効の抗弁を対抗されることになると解すべきである。

理由

一本件に対する原裁判所の事実認定と判断は、原審で提出された証拠に当審で追加された証拠を勘案して行つた当裁判所の事実認定、判断と同一で(従つて控訴人の主張に副う当審証人野島正雄の供述は採用できない。)、原判決が認めた限度で被控訴人の本訴請求は理由があり、控訴人の本件控訴はこれを容るるに由なきものと考えるので、後記の説明を付加して原判決の理由を引用する。但し原判決七枚目裏一行目の「……を認めることができ、」の次に「当審証人野島正雄の供述」を、原判決七枚目裏八行目の「乙第一五号証、」の次に「原本の存在については争いがなく」を挿入する。

二(1)  控訴人は被控訴人に日照権の被害はないというが、<証拠>によると冬至(一二月二三日)当時において、当裁判所の引用する原判決の説明にあるように被控訴人の家屋は控訴人が従前の家を三階建のものとしたため、冬至頃を中心にして朝から午前一一時過頃まで日照を受け得ない被害を受けていることが認められ、この程度の被害があれば受忍程度をこえたものがあるといえるので被害がないという主張は採用できない。前記証人野島正雄の証言により成立の認められる乙一八号証は、立春、立秋当時の、同乙一九号証は春分、秋分当時の日照時間を示すものであつて、冬至頃の日照を示すものでないからこれを以て被控訴人に被害がないという主張は採用できない。

(2)  控訴人は被控訴人が本訴提起後、家を東南へ移動させたことを以て本訴請求は失当というが、この点については原判決が説明しているように被控訴人は被控訴人の息子のため被害家屋の東側の一部(六畳の茶の間)を削り、それを東南側へ曳行移転したもので被控訴人が承知の上で行つたものであるから、そのことについては被控訴人の損害額判定に斟酌すべきであるが、元の大部分の家屋部分はこれによる変動がないのであるから、控訴人にその賠償を求めることが不合理とはいえない。

(3)  控訴人は控訴人の家屋は須崎市、高知県から改善命令や処置を受けたことがなく、建築当時は勿論、今日においても建築基準法に違反せず、都市計画法による用途指定はなされていないといい、控訴人の建物につき建築基準法上の是正措置を受けたという証拠はないが、当裁判所が引用する原判決説明のごとく控訴人はその家屋建築に当り事前の建築確認手続を怠り、高知県土木部建築課から「違反建築物措置に関する通知」を受けたことがあるので全く問題がなかつたとはいえないのみならず、例え行政法規上の違反がなかつたとしても、これが権利の濫用で不法行為を構成するという裁判所独自の判断を左右するものではない。

また当審証人野島正雄の証言によると同人は自ら高知県土木部建築課班長に会い、高知県日照条例違反の有無をきいたところ違反はないといわれたことがあることを認めることができるが、抽象的一般的な規制である高知県条例に違反しないことがあつても、これまた具体的事件に対する裁判所の独自の判断を左右するものでないので控訴人の主張は採用できない。

(4)  控訴人は日照権の問題は他の公害と異り、加害建物がある限りいつまでも消滅時効が完成しないのは失当であるというが、本件は控訴人の支配下にある加害建物がある限り日々被害を生じさせて不法行為を構成しているのであるから既に消滅時効にかかつたものを除き、加害建物の存在が継続する限り不法行為を構成し、その損害は日々発生するとみることは正当であり、加害建物の完成とともに不法行為が終了したとみるべきものでないから原判決の判断は正しく、控訴人の主張は採用できない。被控訴人の出訴が控訴人の建物完成後三年余を経過した昭和五〇年三月になされたことは、被控訴人の被害の程度に斟酌される事実ではあるが、出訴がおくれたことが不法行為の成立を否定するものではないことは勿論、損害の発生がなくなつたものでないから当然消滅時効にかかつているとみるべきものではない。控訴人の主張は建物は一度建つたら永久不変とみるもので採用の限りではない。

三以上によれば、被控訴人の請求は原判決が認容した限度で理由があり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(菊地博 滝口功 渡邊貢)

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